展覧会

2026.07.28(火)〜 08.02(日)

Maik Lagodzki写真展「アカズキン Little Red Riding Hood.」

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Maik Lagodzki写真展「アカズキン Little Red Riding Hood.」

Maik Lagodzki写真展「アカズキン Little Red Riding Hood.」

近年、彼の写真表現は大きく二つの異なるスタイルに分かれている。

ひとつは、日本のスナップ写真から強い影響を受けたコントラストの強いモノクロ作品である。もう一方では、鮮やかな色彩と緻密な構図を用いた、芸術的かつドキュメンタリー的な作品を展開している。このシリーズの中で、ラゴツキは常に新しい影響を取り込み続けてきた。特に近年のカラー作品では、ファッションフォトグラフィーの要素や、意図的に導入された偶然性が重要な表現として機能している。

ラゴツキの展示は、一貫して異なる要素を組み合わせる構成を特徴としている。モノクロとカラー、ドキュメンタリーとストリートフォトグラフィー、演出された物語性。それぞれ異なる表現が同時に存在し、展示空間の中でひとつの劇的なストーリーへと編み上げられている。

2026年に東京で開催された本展は、当初、演出を凝らしたカラーシリーズを中心に構想されていた。これまでのカラー作品では人物が主題となることが多かったが、ラゴツキは2025年秋から自然を対象とした撮影を開始した。意図的に作為を持たせた人工光の使用によって、作品から時間帯や場所といった具体的な情報が削ぎ落とされている。意図的にコントロールを緩めた視点による平面的な画面構成は、森やその表面をまるで抽象画のような質感へと変化させた。この印象は、技術的なピント(焦点)を意識的に外すことでさらに強調されている。その結果、多くの作品は従来の「写真」というよりも、ドキュメントと抽象表現の狭間にある実験的な素材の試みのように見える。

第二のシリーズでは、2022年から2025年にかけて制作されたラゴツキのストリートフォトグラフィーが展示された。これらの作品は過去の展示でも、複数列による密集した写真群として構成されていた。特徴的なのは、ピンと糸によるインスタレーション形式であり、ラゴツキは以前からこの展示手法を繰り返し用いている。2026年、この形式は初めて日本で実現された。その展示条件を可能にしたのが、Territory Galleryである。会場空間は、工業的な要素を取り入れたクラシカルなホワイトキューブの、無駄のないシンプルな建築構造に基づいていた。

第三の作品群は、ラゴツキの継続的プロジェクト「Meat, Metal & Hellfire」の延長として当初構想されていた。このシリーズでは、個人的な極限状態にある人々を、不安定で意図的に偶然性を含んだ視点から記録している。

作品の中心人物となったのは、ブランデンブルク州の小都市Herzberg(Elster)近郊の田舎道沿いにある孤立した敷地に暮らすパトリック・ハイドラーである。彼はそこで、アクアリウム用品店とアダルトショップを併設した店舗を営んでいる。

しかし、この場所は単なる「Meat, Metal & Hellfire」の延長には収まらないことが、すぐに明白となった。即興的に形成された経済構造、ドイツ再統一後の空気感、そして空間的孤立性が混ざり合い、場所自体が独自の物語性を帯び始めたのである。こうして、当初はシリーズの続編として計画されていた作品は、短期間のうちに独立したドキュメンタリープロジェクト「Heidler」へと発展していった。

形式的・概念的に大きく異なるこれら三つのシリーズを通して、ラゴツキは相反する表現やテーマをひとつの展示空間に共存させるという自身の原則を貫いた。モノクロとカラー、ドキュメンタリーと演出、ストリートフォトグラフィーと空間的ナラティブ。それらがここで重層的に交差している。

「Little Red Riding Hood」というタイトルは、それまで独立して存在していたこれらの作品群を、ひとつの物語構造へと統合する役割を果たした。

展示の導入となったのは、「Neon no Mori(ネオンの森)」である。75点の小型ストリートフォトグラフィーが5段15列に配置され、視覚的な入り口を形成した。そこから鑑賞者は、カラーによる森のシリーズへと導かれる。その中心には、赤いアヴァンギャルドな衣装をまとったモデルが立っていた。それは「赤ずきん」への緩やかなオマージュでありながら、童話的というよりは、異質で孤立した存在として描き出されている。

展示動線の終点となったのが、「Heidler」シリーズである。田舎道沿いの孤立した敷地は、グリム童話の終盤に現れる家の象徴となり、時間から切り離された空間として、現実、記憶、投影の狭間に存在していた。

狼というメタファー(比喩)を担ったのは、ラゴツキによるインスタレーション「Spiegelbilder(鏡像)」であった。このミクストメディア作品は、司法精神医療の保安施設に収監された受刑者たちとの共同制作によって生み出されたものである。同作はすでに2024年と2025年にドイツで壁面インスタレーションとして展示されていたが、「Little Red Riding Hood」のために、ラゴツキはこれを彫刻的な空間インスタレーションへと昇華させた。それは展示動線の最後を締めくくる存在となった。

「Little Red Riding Hood」は、2026年7月28日から8月2日まで、Territory Galleryにて開催される。また、本展のコンセプトと背景は、2026年秋に「Neonwald」というタイトルのもと、Stadtbibliothek Cottbus(コトブス市立図書館)で行われる二度の講演でも紹介される予定である。

 

ネオンの森
ネオンの森
鏡像
鏡像
ハイドラー
ハイドラー

昔と今のドイツの童話の場面 ― 知覚、言語、そして欺瞞についての考察

「おばあさん、どうしてそんなに目が大きいの?」

「お前をもっとよく見るためだよ。」

表面的には、これは単なる偽装にすぎない。しかし哲学的に見ると、ここには「知覚が操作されるとき、真理はどのように生まれるのか」という問いが潜んでいる。狼は自分を明かすためではなく、隠すために言葉を使っている。ここで真理は語られるものではなく、演出されるものである。

言ってみれば、この童話は「現象と実在の対立」という、プラトン以来の古典的なテーマを描いている。ベッドの中の人物はおばあさんに「見える」が、実際にはそうではない。赤ずきんは最初、疑いではなく「見かけの表層」を信じてしまう。

同時に、ここには言語そのものについての問題もある。狼の答えは文字通りには正しいが、存在論的には誤っている。彼は「見る」「聞く」と言うが、それはおばあさんとしてではなく、捕食者としてである。こうして言語は、現実を明らかにすることも、覆い隠すこともできる道具となる。

そして最後に、不穏な余韻が残る。この童話は、認識とは単なる知性の問題ではなく、あまりにも整いすぎた答えに対する疑いでもあることを示している。完璧な説明ほど、それが出来すぎているがゆえに怪しいのである。

ラゴツキによるグリム童話『赤ずきん』の写真作品は、ひとつの新しい表現の試みとして始まった。その出発点となったのは、人工的な光を使って森の要素を周囲の環境から切り離し、写真のなかで際立たせる試みである。これまでの作品とは異なり、当初主役に据えられたのは人間ではなく風景そのものであった。それは、カメラの視線によって切り刻まれ、組み換えられる風景でもある。初期の作品群はどれも、ひとつのジャンルに当てはめることができない。撮影された時間帯や季節、あるいは場所を示す手がかりは、次第に失われていった。

光を反射する素材を取り入れたことで、このシリーズが秘めていた表現の矛盾がはっきりと浮かび上がった。人の手による演出は、本来は自然であるはずの場所に「違和感」を放ち、それを膨らませていく。同時に、グリム童話『赤ずきん』を写真で描き出すという構想も、少しずつ形になっていった。

ドイツの童話を取り入れることで、物語のなかで人間の存在がふたたび重要な中心へと戻ってくる。しかしそれは、物語を引っ張る主役としてではなく、さまざまな文化的意味や人々の思いが映し出される「スクリーン」のような場所として現れるのである。

ラゴツキによるこの童話へのアプローチは、異なる要素がぶつかり合い、重なり合う点に特徴がある。日本人モデルがドイツの森を歩み、その姿は花のモチーフと交錯する。さらに、江戸時代に身分や社会的地位を表す慣わしとして、武士や貴族、見習い芸妓の間で広く行われていた「お歯黒」が登場する。

アジアの儀礼や美意識、そして伝統的な物語を思い起こさせるこれらの要素は、近年のラゴツキ作品を象徴する現代ファッション写真の表現と出会い、激しく衝突する。その背景には、廃墟や見捨てられた場所、失われつつある現在の断片といった、過去の痕跡もまた刻まれている。

童話とファッションのイメージ、自然の空間と作り込まれた舞台、伝統と現代的な解釈。その境界に浮かび上がるのは、単なる正しさや本物を追い求める姿ではない。異なる文化や視覚的な影響が交わることで生まれる「亀裂」を、目に見える形にしたイメージの世界だ。

ラゴツキの『赤ずきん』は、この童話を物語の土台として使いながら、自然とアート制作がはらむ緊張関係のなかで、自分らしさ、異質性、そして演出することの意味を追い求めるシリーズとなっている。

 

赤ずきん
赤ずきん

写真家について About the Photographer.

2017年以降、マイク・ラゴツキ(Maik Lagodzki)の写真作品は、ギャラリーや美術館、そして都市空間でのインスタレーションなどを通じて、国際的に発表されてきた。2022年から2024年にかけては、ドイツにて期間限定の写真アートスペース「kōen Gallery」のディレクション(運営、企画)を務めた。

近年の主な展覧会歴:

2026

Little Red Riding Hood(Territory Gallery、東京)

2025

506.08.244688.6(Gallery Niépce、東京/Galerie MA/RIE/MIX)

TSP Festival(グループ展、Setagaya Art Museum、東京)

Rozou #172, 7th Anniversary Show(新宿駅、東京)

Swiss Photo Award(グループ展、Jupiter Artspace、ハンブルク)

2024

Spiegelbilder(GLG Martin Gropius、エーベルスヴァルデ)

Shashin bento(Gallery Niépce、東京)

Rozou 145(新宿駅、東京)

Work in progress(kōen Gallery)

Wounded place(kōen Gallery)

2023

Suisou(kōen Gallery/Cottbus City Library)

Y‘chome(kōen Gallery)

Signs & private notes(kōen Gallery)

2022

Rozou #99(新宿駅、東京)

Perspektiven redux(Wendisches Museum)

Als das Ei aufbrach, das Licht …(Wendisches Museum)

Meat Beijing(kōen Gallery)

Private notes(Zweït Pop-up Gallery)

 

マイク・ラゴツキ(Maik Lagodzki)

マイク・ラゴツキ(Maik Lagodzki/1977年、旧東ドイツ生まれ)は、主にルポルタージュ写真(現地取材に基づく記録写真)およびストリートフォトグラフィーを中心に活動している。彼の作品は、事実を記録するドキュメンタリーの要素と、実験的な表現アプローチを融合させたスタイルを特徴とする。自主制作の写真プロジェクトに加え、ポートレート、ファッション、エディトリアル(雑誌・出版物)、ルポルタージュなどの分野で商業撮影(コミッションワーク)も幅広く手がけている。

アジア、ヨーロッパ、アメリカ各地へのリサーチおよびプロジェクト滞在は、都市空間や社会の片隅に置かれた人々、そして社会のダイナミクス(変化や動向)に対する彼の視点を形づくってきた。特に2015年以降、東京、とりわけ新宿や歌舞伎町といったエリアは、彼の写真活動における重要な中心地となっている。そこでは、過密化した都市空間における「人と人との親密さ」と「開かれた社会の目(公共的可視性)」がはらむ緊張関係を探求している。

一方で、生まれ故郷である旧東ドイツ地域においても、明確なテーマ性を持つルポルタージュを展開し、社会的な断絶、日常の現実、そして人々の人生の痕跡を記録している。ラゴツキのアートへのアプローチは直感的かつ自伝的であり、その主題は人との出会いや、彼自身の直接的な体験の中から生まれる。

彼は、映画の「フィルム・ノワール(Film Noir)」が持つ独特の美学や、1960年代のアヴァンギャルド(前衛)芸術運動、そして『Provoke(プロヴォーク)』に代表される日本の写真表現から深い影響を受けている。写真にとどまらず、映像、音響、ミクストメディア(複数の素材を組み合わせる技法)などを横断的に用いながら、精力的に制作を行っている。

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